福岡県立水産高校を卒業後、18歳の時から大分県別府市で竹職人を志し、今年で22年目になりました。初代、太田龍々斎、初代、渡辺竹清、二代目、渡辺竹清、三代に亘る145年の歴史、 技術を受け継いで、翡翠のような美しい籠を目指して、日々、精進、努力しています。  お客様からのオーダーメイドの竹バッグや竹籠の製作も承っています。 お気軽にお問い合わせくださいませ。
 竹清先生の作る煤竹のハンドバッグ。

世の中では『竹清バッグ』と呼ばれ、竹のハンドバッグの王様的存在ではないでしょうか。

竹清先生の弟子である私は、そう思っています。


 この煤竹のバッグを竹清先生の弟子である私が、引き継いで制作していく

ことになりました。竹清先生の網代編みに惚れ込み、20歳の時から、網代編みの職人として

師事して頂いた経験を生かして、竹清先生の名に恥じない作品を作っていきたいと思っています。

まだまだ、青瓢箪の私ですが、すべての力を出し切り、良いバッグを作っていこうと

思います。



 材料が完成し底編みをしています。煤竹特有の色艶、100年の歴史の色ですね。

DSCF5583.jpg

 煤竹、昔の茅葺き屋根の家で、100年に及ぶ歳月、煙で燻され続けて自然に着色された

貴重な竹。その価値は、一本、数十万円することもあります。

その色艶は、素晴らしく美しい。



 さて、この煤竹のハンドバッグを作るにあたって、私にとって、とても責任のある

重い仕事です。

それは、このバッグはただのバッグではないからです。

竹清先生の家は、三代続く竹細工の名家。初代は徳川幕府が崩壊した後、竹細工を

創めたそうです。145年の歴史をかさねてきて完成されているのが、

この煤竹のハンドバッグです。


 竹清先生からは、初代や二代目の話を多く聞かされてきました。

これから三代続く竹清先生の技術を継承していくことは、技術だけではない歴史も

受け継ぐことにもなるかと思います。


 竹清先生には、「これからはあんたが、煤竹のバッグを作って受け継いでくれ、わしを超えてくれ」

とまで言ってくださいました。

そのお言葉を聞いた時、なにかが、どしっと背中にのった気がしました。

 






 底編みが終わって、焼き鏝で立ち上げます。

煤竹なので、鏝の温度には特に気をつけます。丁度いい温度でなくては

煤竹は弾けて折れてしまいます。

DSCF5613.jpg



  煤竹バッグ




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